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将来の不確実性が覆い尽くす結果、人々の行動の意欲は衰退し、活力の低下が経済を覆うことになる。そして、唯一確かなもの、安全なものは貨幣となる。
ゆえに個々の経済主体は貨幣にしがみつく、つまり貨幣を手離さない。家計であれば、消費の切り詰めであり、すなわち消費市場の低迷となる。
それは企業の予想を直撃する・つまり企業の期待は挫かれ「確信の危機」となり企業もまた貨幣にしがみつく。すなわち投資の不振となるのであり、かくして消費と投資の不振から、自力では抜け出すことのできない経済の低迷となる。
さらにいえば、現在の日本経済は、銀行もまた「確信の危機」の状態にある。すなわち銀行もまた貨幣にしがみつく。
かくして、消費と投資の不振はもとより、信用の収縮といった事態が日本経済を襲うことになる。これは文字通りの経済危機である。
現在の危機に対処する方策が何であるかを述べることはここの範囲をはるかに超えた課題であるが、もしそれを「確信の危機」として捉えるなら、指摘すべきは次のことである。すなわち、自ら立てた期待に対して確信を与えるものがあるとすれば、それは何らかの制度や慣行の基盤に基づくものだということだ。
それをKは「慣行の確かさ」と呼んだ。つまりこういうことである。
すべてがまったく不確実であれば、どのような予想を立てるにしても、自らの期待に確信が抱けるわけではない。期待を形成するとしても、それは確かと思える項目を頼りとして推論する以外にないのであり、その確かさを与えてくれるのが過去からの経験であり、「慣行」というものである。
このような観点からいえば、われわれが行っていることは「慣行」の破壊にほかならず、その結果が「確信の危機」となるのであれば、要するに自分で自分の首を絞めているということだ。
雇用の慣行から企業間の取引慣行、そして金融界の慣行から官界の慣行まで、この間行ってきたのは慣行の破壊であり、それが「改革」の運動であった。
しかし明らかなことは、改革にもかかわらず、いや改革が進むとともに、将来はますます見通しのないものとなり、日本経済そのものが「確信の危機」に陥っているということである。
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